March 2010
リアル厨房の頃、筆箱に萌フィギア入れて登校し、
授業中に筆箱開けて
「ちょ、おま、お前何でいるんだよぉ!?」
って言いながら筆箱の蓋をあたふたしながら閉めて、
オレの声に気づいた隣の席のヤツに
「い、いや、スマン・・・何でもないんだ」って言って、
周りをキョロキョロしながら蓋をゆっくり開つつ小声で
「部屋から出るなって言ったろ?」
「ついてきちゃったじゃねえよ!」
「ったく・・・」
「そんじゃ頼むから大人しくしといてくれよ」
「おいおい、それだけは勘弁してくれ」
「わぁ〜たよ。チョコレートパフェな。約束するよ」
「はぁ〜くそ〜またオレの小遣いが・・・」
「お前が来てから来てからというもののロクな事が・・・」
「ちょ、わ、ゴメン・・・悪かったよ」
「そ、そんなの言える訳ねぇだろ!」
「わ、わぁ〜た、わぁ〜たよ」
「す・・・・・好きだよ」
「こ、これでイイんだろ!満足か!?」
「はぁ〜あ・・・今日はマジで厄日だぜ・・・」
ってやってた事を思い出すと今でもキュンッってなる。” —暇人\(^o^)/速報 : 厨二病こじらせた奴の画像、動画、コピペ等貼ってけ - livedoor Blog(ブログ) (via hitode909) (via jumitaka) (via rollstone) (via naha)
Nはいつも死にたがっていました。「死にたい」と口に出すのは「生きたい」ってことの裏返しなのだと思います。 僕はそう簡単に「死ぬ」なんて言って欲しくなかった。死ぬって口に出すときは、本当に死んで欲しかった。 だから、死ぬ方法を色々調べました。
Nは自分では死ねませんでした。僕に「殺して」と言いました。独りで死ぬ勇気はありません。 だからって集団自殺なんかするなよ。すごく卑怯じゃん。卑怯でかっこ悪い。 死ぬなら独りで死ねよ。一人だったらいつでも止めることできるじゃん。 でも、そうやって文句を言う相手がいないことが、いちばん辛いです。貸したお金返せよ。 返してから死ねよ。
遺体は、目をつぶって、下唇を噛んで死んでいました。怖かったんだと思います。 僕が、Nが死んで心がブルーになる準備をしていました。 Nと会わなくなって、陳腐な表現ですが、心に穴が開いたようでした。 でも、いまは心が穴のようです。
僕は聞き分けがよいので、他にも死ぬ人がいるしとか、僕だけじゃないと自分に言い聞かせます。 知らない人が何人死んでも悲しくないのに、知ってる人だとどうして泣いてしまうのでしょうか。 Nは戻ってきません。彼女が戻ってくるなら、僕の人生の半分を差し出してもいいです。 でも戻ってきません。知り合いが自殺することなんて、よくあること。よくあること。
本当になかよしだったんです。Nは僕に色々くれました。音楽。物の見方。ファッションセンス。アルコール。映画。買い物。 美味しいもの。Nの喋り方が好きでした。いまでも頭の中で再生できます。 でもいずれ、できなくなってしまう。僕はロボットになりたい。本当になりたい。
本当に、ごめんなさいね。僕が電話をかければよかった。 本当に、ごめんなさい。本当にごめんなさい。ごめんね。ごめん。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめん。
このページを見て、僕の知らない誰かが死ぬのは勝手です。 どうでもいい。この文章を書くことによって、どうこうしたいわけじゃありません。 僕は書きたいから書きました。” —薬物自殺の方法 (via lunaryue) (via oosawatechnica) (via jinakanishi) (via kogumarecord) (via nemoi) (via miniatures) (via x-117) (via sampler) (via flood) (via yotta1000)
528 名前:恋人は名無しさん 投稿日:2010/02/19(金) 00:16:54 ID:1vEnNCEQ0
テスト週間でしばらく会えなくて淋しい時。
びっくりさせようと思って
彼女のバイト終わりの時間に家の近くの道路に車とめて待機。
してたら車で帰ってきた彼女がすれ違って即効ばれた。
彼女が駐車場に車入れながら電話してきて
彼女「ねぇ!なにやってんの!」(泣きそう)
俺「え?家にいるよ。レポートやってる。」
彼女「えっ・・・?じゃあ・・・・あれは・・・・?」
俺「なに?どしたの?」
彼女「やばい・・・会いたすぎて幻覚見ちゃった・・・」
電話切って走った。
” —逢えない時間 続・妄想的日常961 :おさかなくわえた名無しさん :2010/02/17(水) 11:20:13 ID:fiKI5VYc
小学生の頃の和みを思い出したから投下。
私の地域にはブラジルから移り住む家族が多くて、どの学校の学年にも
4~5人のブラジル人の子供が通ってた。
小1の頃、高原エイミー(仮名)というブラジルと日本のハーフの子が同じクラスにいた。
濃ゆくて可愛い子。委員長みたいな性格で、面倒見がよかった。
日本語は流暢だし、「変わった名前の友達」って感じで、外人って意識した事はなかった。
2年に上がる時、転校生がやって来た。ブラジルから。
名前は滝サブロウ(仮名)。渋すぎる名前の癖にカタカナだった。
サブロウはエイミーとブラジルでの知り合いで、エイミーを追って来日したという。情熱的すぎw
エイミーは白人だったけど、髪は深い栗色で、瞳も同じ色してた。
けど、サブロウは明らかな「外国の男の子」で、白い肌にプラチナブロンド、真っ青な瞳だった。
当然浮きまくった。不自然な名前もあいまってw
おまけに日本語はどえらいカタコト、テンションは委員長風のエイミーとは違って
無邪気でハイテンションw最初みんな引いてたけどw
無害だと悟ったクラスメイトは、あれこれ世話を焼くようになり、やがてペット状態にww
962 :おさかなくわえた名無しさん :2010/02/17(水) 11:22:05 ID:fiKI5VYc
相変わらずカタコトで意思の疎通を図るのに苦労してたんだけど、
サブロウに好きな歌が出来たんだ。
歌えバンバン。
延々と「歌えバンバン♪」を繰り返すだけのサビの部分だけ上手に言える事に気付いた奴は、
その日から日がな一日中バンバン歌ってたw
歌えバンバン♪歌えバンバン♪歌えバンバンバンバンバーン♪
歌えバンバン♪歌えバンバン♪歌えバンバンバンバンバーン♪♪♪
これを一日www
あまりに楽しそうだったので、正直ミミダコだったが許してたwww
けど3年に上がる時、エイミーの方がブラジルに帰国しちゃったんだ。
悲しむサブロウ。
その内耐えられなくなったのか、サブロウはまたしてもエイミーの後を追って、
ブラジルに帰って行ったwww
お別れ会には、サブロウの好きだった歌えバンバンをみんなで歌ったよ。カタコトは直んなかったw
ところが1年後、エイミーはまた日本に戻ってきたんだなww
サブロウはもうわがままを許してもらえなかったらしく、追いかけてこられなかったんだって。
サブロウ元気かなww
4歳男児
このあいだ私がポツリと「何かいいことないかなー」と呟いたら
息子も「○○くんもそうおもう~」と乗ってきた
気になったので「○○のいいことってどんなこと」と聞いてみたら
「えっとね、ごはんがほかほかでゆげがでてることー!」って
可愛すぎたwww” —何かいいことないかなー 続・妄想的日常
984 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/12(火) 00:10:02 ID:4oTalzA7
うちでは、ケンカをすると決着がつくまで寝てはならないという家庭内ルールがある。
私が弟とケンカする時なんかは、このルールのせいで段々ケンカがめんどくさくなって、
大体日付が変わるくらいにはお互い謝ってた(そう考えると中々効果的なルールだ)。
でも普段仲が良い両親が2~3年に一回ケンカする時なんかはそれこそ一晩中ケンカする。
この前もそんな珍しい両親のケンカが発生して、一晩中ケンカして朝を迎えて、
ケンカ中のまま父は出勤していった。
その日の夜母と一緒に夕飯作ってると、母が左の人差し指を結構深くざっくり切ってしまった。
昨日のケンカの寝不足で手元を誤ったんだろうから、少しは寝たら?と言ったら
「でもお父さんも寝てないし・・・」
父が帰ってきて来ると、左の小指に包帯をしてた。
理由を聞くと、寝不足で目を擦りながら仕事してたら、
小指を思いっきり机の引き出しに挟んで爪が割れたらしい。
「どうせ◯◯(母)は昼寝とかしないで起きてたでしょ?
なんかそう思うと移動時間とか昼休みに寝にくくてな・・・」
この父の発言をこっそり母に教えたら、こぼれんばかりの笑顔で
「じゃあ仲直りしてあげますか」と。
そんな仲良いなら初めっからケンカせんでくれ、父よ母よ
” —家庭内ルール 続・妄想的日常161 名前:恋人は名無しさん[sage] 投稿日:2010/02/21(日) 23:24:26 ID:oEvFDNkpO
私が犬の散歩していたら、前方から柴犬をつれて歩いてくる60代前半ぽいおじさんがいた。
すると突然そのおじさんが、道の脇にある花壇の影に慌てて隠れたので、
何事かと不審に思っていた。
そこへ後ろから足音がしたと思うと、私の横を小柄なおばさんが通り抜け、
先ほどのおじさんが隠れた花壇の前で立ち止まった。
おばさんは奥にむかって「なぁにしとんの。」と笑いかけた。
すると、おじさんがニコニコしながら、「バレとったかぁ。」と柴犬と一緒に出てきた。
おばさん、「バレバレよぉ。」と目を細め、二人と犬は仲良く遊歩道を上っていった。
3年ほど前の事だが、何故だか忘れられない。
” —不審なおじさん 続・妄想的日常996 :1/2 :2010/02/17(水) 17:40:01 ID:9cll/pZm
数年前の話
私は中学から大学までイタリアのミラノにいて、当然ながら学校は私以外イタリア人ばかりだった。
で、中学校時代のある日、となりのクラスに日本人が来たらしい。
その時は別に興味ないしクラスも違うしってことで「ふーん」で済ませてたんだけど、
一週間くらいして、その隣のクラスの先生に話しかけられた。
どうやらその転校生が、日本から来たのに日本語を一切使わないらしい。
最初は日本人だからってことでクラス中が珍しがって『日本語喋って喋って!』状態
だったらしいんだけど、最近じゃあまりにもその子が拒否するから、みんな寂しがって
その子から離れていっちゃうらしい。
このままじゃ駄目だから、同じ日本人だから話してみてほしいと頼まれて、私も気になったんで
その子の元へ言ってみることにした。
帰り道で待ち伏せて、話しかけたら最初その子はびくってしたけど、私が日本語で『日本人です』って
話しかけたら、凄い勢いで安心したように泣き付かれたんだ。
で、事情を聞いたら、その子はどうも青森の方の出身で、標準語が全くできないらしい。
だから自分の方言を聞いて、『日本語じゃない』って返されるのが怖かったんだと。
(事実私も、その子の方言を全く理解できなかったくらいだから、外人が聞いたらどこか別の言葉に
聞こえるんじゃないかってレベル)
私は話を聞きながら、『でもイタリア人はみんないい人だよ』
『どこの国にも訛りはあるんだし、勇気を出そうよ』って説得、
その子も最初は渋ってたけど、最終的には『ん、やてみら(やってみる、らしい)』
と勇気を出すことに。
次の日、となりのクラスまでついていってみんなの前で宣言
その子、まずイタリア語でみんなに謝罪、そして、自分のいた所が日本の中でも変わった言葉を使う
地方のものであること、日本では地域によって全く言葉が違う事を説明、皆は『ふーん?』っていう
リアクションだった。
外国の訛りってのはだいたいアクセントが違うとかそんなもんだから、みんなもそんなレベルだろうと
思っていたらしい。
で、その子が『ちゃんと日本語で挨拶する!』と宣言したとたん、クラス中が沸き立つ。
廊下にいた子や、歓声を聞きつけた私のクラスの人や先生まで集まってくる中、その子は
私の服の裾をギュッとつかんで、真っ赤になりながら言った。
997 :2/2 :2010/02/17(水) 17:42:14 ID:9cll/pZm
『わの名前は(名前)し。今まで意地悪してかんぬんな。こいがらは仲良ぐしてきゃ』
(あんまり細部は覚えてないけど、大体こんな感じ)
途端、水を打ったように静まり返る教室。みんなリアルに→( ゚д゚)ポカン
その子、泣きそうにうつむいちゃったので、私が
『今のが日本の『ホウゲン』です。日本では同じ国なのに、全く言葉が違う事があるんです』
と説明、そしたら、クラスメイトが徐々に顔を見せあって、(゚∀゚)な顔になって言って、
(*゚∀゚*)(*゚∀゚*)(*゚∀゚*)『ブラーボ!ブラーボ!』
揃って歓声とすごい拍手。スポーツ映画で優勝したときみたいな騒ぎに。
その子はこぞって『素晴らしい!』『日本は面白いね!』『もっと聞かせて!』
と質問と握手(なぜか)の嵐。私も『あなたも言えるの!?』と質問攻めされて大変だった。
それからうちの学年では方言が大流行。
最初は彼女に教わっていたのに、いつの間にかどこから仕入れたのか、関西弁とか使いだす人も。
私もその子に頼まれて標準語を教えたり、一緒に勉強したりととても仲良くなった。
それからもうだいぶたつけど、いまだに日本に遊びに来た元クラスメイトのイタリア人は方言使うし、
『青森に行く!』と張り切ってたりする。
たまにチャットで話すけど、今度クラスの全員で青森に遊びに行く!と計画を立てているらしい。
その時は私も友達も参加する予定です。
長文の上乱文失礼しました。
” —方言 続・妄想的日常ちょっと必要になったので家族四人が一枚ずつ戸籍抄本をとったんだけど、
父親が「犬だけ無いの可哀想」と言って
パソコンでそれっぽい戸籍抄本を偽造して犬にあげてた。
養子縁組したことになってた。
結局犬がくちゃくちゃ噛んでたけど。” —戸籍抄本 続・妄想的日常